朝日新聞柏支局長のコラム

　松戸市出身で新たに大関になった琴ノ若は、「大きさを確かめたい」と話して胸に飛び込んできた市長をびくともせずに受け止めた。周りからは笑みがこぼれたが、琴ノ若は全く表情を変えなかった。私は、「おやっ」と思った。2月に市役所を訪問した時のことだ。
　父が師匠で元関脇の琴ノ若、祖父は元横綱の琴桜だ。続く取材で昇進の感想や抱負を問われると「喜びは伝達式の日だけ。上を目指す」「他の力士の模範になる」と慎重に言葉を選んだ。同様に取材した他の力士が笑顔を見せたのとはずいぶんと違う雰囲気だった。
　硬い面持ちの琴ノ若に図らずも北の湖を思い起こした。私にとって同郷の大横綱。幕内優勝24回を誇り「憎らしいほど強い」と言われた。負けると座布団が舞った。「ふんっ」とでも言いたげな彼の冷静な表情を、私は頼もしく感じていた。後に「優勝は私の宿命」と話していた。
　そうか、常に横綱と比べられる宿命を背負っている力士の表情なのだ。違和感の正体に思いが至り、いっそう応援したい気持ちになった。
　春場所を白星発進した琴ノ若。勝利を重ね、横綱への階段を駆け上がって欲しい。

朝日新聞柏支局長　斎藤茂洋