中村敬斗選手、W杯応援に感謝「大きな力になった」 我孫子市役所を訪問

 サッカー・ワールドカップ(W杯)北中米大会で、日本代表として活躍した我孫子市出身のMF中村敬斗選手(25)が、7月10日、我孫子市役所を表敬訪問し、集まった市民らに「みなさんの応援が日本代表にとって大きな力になった」と感謝した。

 中村選手はW杯の1次リーグ3試合、決勝トーナメントのブラジル戦の計4試合に、左サイドとして先発出場。予選リーグ初戦のオランダ戦でゴールを決め、第2戦のチュニジア戦では1アシストと活躍した。

 この日は、午後1時過ぎに市役所に到着。玄関前で市民や職員の出迎えを受け、母校の高野山小学校、我孫子中学校の児童・生徒から花束を贈られた。中村選手は「僕たちが望んでいた結果ではなかったが、必ず4年後にリベンジできるように、毎日成長できるように、日々頑張りたい。これからも応援をよろしくお願いします」とあいさつした。

 その後、星野順一郎市長に大会結果を報告。大会期間中には、我孫子市でパブリックビューイングが2回開かれ、市役所などに設置された特設ボードには約4000通もの応援メッセージが寄せられていた。中村選手はその応援メッセージに触れ「我孫子のこういうメッセージが、いろいろな友達から送られてきて、次の試合も頑張ろうという気持ちになった」と振り返った。これに対し、星野市長は「子どもたちに、夢と希望と感動を与えてくれた。お疲れ様でした」と労った。

 表敬訪問後の取材で中村選手は、ブラジル戦について「自分たちがやりたいサッカーができなかった。今も、振り返りたくないくらい悔しい。あの一瞬で、4年間やってきたことが終わり、ああすればよかった、とか、いろんな後悔がある。でも、次に向けて進むしかない」と振り返り、自分自身の課題として「大舞台で通用する部分もあったが、まだまだのところもある。日頃からの環境のレベルアップも大事かなと感じている」とした。

 地元の我孫子では、中村選手を目標とする子どもたちが多い。このことについて中村選手は「子どもたちに夢や希望を与えることができたなら、これ以上、うれしいことはない。プロになった時の夢の一つは、子どもたちに憧れられる選手になることだった。それがかなえることができたのならいいかな」と少し照れ気味に話していた。

 我孫子市出身の中村選手は、小学時代は地元の高野山SSSなどでサッカーをし、17歳でガンバ大阪に入団。2019年にヨーロッパへ渡り、23年からはフランスのスタッド・ランスでプレーをし、チームの主力になってきた。

タイトルとURLをコピーしました