読者投稿オリジナル童話
てんぐのほら貝
千 恵子(柏市 主婦・68歳)
アキヤさんの車は、曲がりくねった山道をどんどん登っていきます。アキヤさんは旅の音楽家です。愛車に楽器をつんで、日本中を回っています。
窓の外はしだいに紅葉があざやかになってきました。アキヤさんは、見晴らし台で車を止めて外に出ました。目の前には切り立った岩がごつごつとしています。すると、白いものが岩をひょいひょいと登っていくと、途中の岩でこしを下ろしました。なんと鼻の長いてんぐじゃありませんか。てんぐはアキヤさんに気が付きました。
「おーいー、てんぐさーま」
アキヤさんは手をふりました。アキヤさんは河童やようかいが大好きです。旅をしていると珍しいものやふしぎなことに出会います。
ここで、てんぐに出会えるとは。うれしくって、ドキドキしながら、さらに大きく手招きをしました。すると、てんぐは、すいーっと飛んでくると、アキヤさんの目の前で、「何か用かな」ぎろりとにらみました。「はい、あのーてんぐさま、お会いできてうれしいです。かねてからてんぐさまのほら貝が聞きたくて、旅をしていました。ぜひそのほら貝を聞かせていただけませんでしょうか」「ほう、ほら貝とな、それじゃ耳の穴をかっぽじって聞くがよい」
目を細めたてんぐは、肩にぶら下げたほら貝を口に当てると、大きく息を吸って、「ぶ、ぶ、ぶおおーぶおおーぶぶぶー」アキヤさんの体にいなずまが走りました。「ぶぶぶーぶおおおー、ぶおおおー」山々にこだましています。
「すごいなー」たのしくなったアキヤさんは、車の中からたいこを出すと、とんとんとたたきました。「ぶぶぶーぶおんーぶおんー とんとん とんとと ととととー」すると、どこからか、てんぐがひとり、ふたりと飛んできて、ほら貝をふき始めました。四人のてんぐとアキヤさんの音楽は、ざわざわと木々もゆらして、山々もうごくようです。鳥たちも集まってきました。アキヤさんは夢中でたいこをたたきました。
やがてぴたりとほら貝の音がやみました。
「わはははーぁ、ここまでじゃー。おぬし、たっしゃでな」てんぐたちは、つぎつぎに飛び立ちました。「てんぐさま、ありがとう」アキヤさんは、てんぐが消えた空にむかってさけびました。体の中にはまだほら貝の音がなりひびいています。
いつの間にか山々の木々は、葉っぱを落としていました。
童話作家緒島英二さんより
夢の時を過ごすアキヤさんの笑顔が、ほら貝の音と共に微笑ましく伝わってきます。