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ひとときのこと

大沢 歩(松戸市 パート・41歳)

 

  誰かが戸棚を閉めたまま、もう、何年も過ぎていました。「ことこと、ことこと」ほこりまみれになった琴は、体を揺らして音を立ててみました。
 けれども人は気がつかないで、ただ、通り過ぎていくだけでした。ことは、何度も、何度もやってみようとは思うのですが、なかなか決心がつきません。弦にほこりがついて、ことは、古くなっていました。音色に自信がなくて、じっとしていました。でも、このままでは、戸を開けてくれる者がいません。
♪ポ、ポロ、ポ、ポ、ポロ、ポロ♪何度も、何度もはじくと、音が出るようになりました。
 けれども、なんとか美しい旋律をだしたいことは、夜になると、誰もいなくなっているのを確認すると、音をだして、何度も、何度も練習しました。
♪ポロ、ポロ、ポロン、ポロ、ポロ、ポロロン♪
 いつのまにか、メロディーらしき音色が奏でられるようになっていました。すっかり、うまくなったことは、太陽が見える明るい時間に音をだしてみました。
♪ポロ、ポロ、ポロン、ポロ、ポロ、ポロロン♪
美しいメロディーに誰かが気が付きました。
「あれ、何かしら、どこから聞こえてくるのかしら」戸を開けると、明るい部屋で、椅子に座り、戸棚をのぞき込んでいる人と目が合いました。
「懐かしい」その人はことを取り上げて、優しく撫でました。そして、ことを抱き上げて、ことをはじいてみました。「まだ、音が鳴っている」その人は笑顔になりました。
 その人は椅子から降りると、ことの弦についたほこりをていねいに取り除きました。
♪ポロ、ポロ、ポロン、ポロ、ポロ、ポロン♪
 何度も、何度も練習して、ついに、弾けるようになりました。
 その夜は、その人の家にいろんな人が集まってきました。みんな楽器を持っています。
 ギターを弾く人、トランペットを持っている人、弓を持っている人は、どうやら、バイオリンを弾くようです。練習しているドラムの音まで聞こえてきます。左手にフルートをもって、立ち上がり、右手でドアノブを回して、ドアを開けて、誰かを呼んでいます。
 さあ、始まりました。部屋には、ことの音が響いています。ことは、みんなと一緒で、楽しいなと思いました。こうして、夜が更けていきました。

 

童話作家緒島英二さんより

 ファンタジックな世界の中、みんなと合奏する「こと」の喜びが伝わってきます。

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