読者投稿オリジナル童話
やもりの坊やの冒険
坂井 貴美子(松戸市 主婦・78歳)
やもりのお母さんは春になると、子ども達に教える事がたくさんあります。網戸のつかまり方、虫の取り方、一番大事な事は人間の家の中に入らない事、人間に見つからない事等々……。
「さあ坊やよく聞くのよ。家の中からどんなに良いにおいがしてきても面白い物が見えても、絶対家の中に入ってはいけませんよ」
「わかったよ」
「まだまだよく聞きなさい。特にここの家のおばあさんは大の虫嫌い。特にゴキブリ君なんて大変よ。見つかるとスリッパを持って追いかけられ、背中をバッシッ! 昔、お父さんも庭で見つかり、大声を出されほうきで追いかけられ、命からがら逃げたと言っていましたよ」
やもりの坊やは天気の良い日は、花の下で昼寝をしたり、ちょうちょと遊んだり、時々おばあさんの家の網戸にくっついて、部屋の中をのぞいていました。
ある日、家の玄関が大きく開き、窓々が開け放たれ、カーテンがゆれています。
家の中からは良いにおいがしてきました。
やもりの坊やはすっかり、お母さんやもりの忠告を忘れ、「誰かお客さんかな? 何かあるのかな?」とソロソロ玄関から台所の方へ入っていきました。
大きなおなべからはカレーのにおいがぷんぷん。テーブルの上には、サラダやフルーツやケーキ等が並べられ、いつも静かな家から笑い声が聞こえています。
やもりの坊やは台所の壁をソロソロ。
突然、「キャーッ 何よ。なんでやもりがここにいるの!」おばあさんの大声。
居間から「おばあちゃん、どうしたの?」
小学生くらいの男の子が出てきました。
「おばあちゃん大丈夫だよ。ぼく、やもり大すき。ヘビだって抱っこ出来るよ」
やもりの坊やはどんどん上へ上へ天井へ。恐くて動けなくなってしまいました。
「おばあちゃんイスをおさえていて。ぼくが外へ逃がしてやるよ」
男の子はやさしくやもりの坊やの背中をつかむとそっと外へ出してくれました。
「おばあちゃん 玄関が開いていたよ」
やもり坊やは「おかあさん! おかあさん!」
やもりのお父さんが「ぼく達は家守というんだよ。もっと堂々と生きてもいいと思うんだがね」とポツンと言いました。
童話作家緒島英二さんより
男の子の優しさが、やもりの坊やの小さな冒険を支えてくれました。不変な心の交流ですね。