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ハルさんと黒猫

千 恵子(柏市 主婦・65歳)

 

 ハルさんは古い商店街で小さな手芸屋をしています。最近はシャッター通りになってお客さんもあまり来ません。今日もハルさんがぼんやりしていると外は暗くなってきました。「さてと、おしまいにしますかね」ハルさんが立ち上がったとき、「ごめん下さい」黒猫が入って来ました。「はあー」ハルさんは目を見開いて、黒猫を見つめると、黒猫はすました顔で言いました。
「布を見せてくださいな」
 それでハルさんはただの黒猫じゃなく、お客さんだと気が付きました。「いらっしゃいませ、どうぞ、ご覧ください。ところで何をお作りになりますか?」ハルさんが興味深げにたずねると、「はい、今度孫が生まれるので、布団を作ってあげようと思いまして」黒猫はうれしそうです。「まあ、お布団ですか、それなら綿が丈夫ですよ。かわいい布がいいかしら?」ハルさんは棚から水玉や動物柄の布を下ろすと、テーブルに並べました。黒猫はひょいとテーブルに乗ると、ふんふんと布のにおいをかぎました。
「これじゃないわ。ひなたのにおいがする布がほしいのよ」「ひなたのにおい?」「ええ、ひなたのにおいがするお布団ならいい夢が見られて、幸せになるわ」そこでハルさんは布の山から、ひまわりや青空に雲が描かれた布地を出しました。どれも黒猫は首を横に振りました。
「これはどうかしら?」ハルさんはだいだい色の布を出しました。「だめです。これは夕焼けのにおいです。夕焼けはさみしいでしょう。小さい子にはいけません」
 つぎからつぎへとテーブルの上には布の山ができて、最後に青や緑、紫、黄色などが格子に織られたつややかな布があらわれました。
 おそるおそるハルさんが布を黒猫の前に置くと、黒猫は布に顔を近づけて、うっとりしました。「はい、けっこうですね。これからはおひさまや花のにおいがします」
「まあこれはインドシルクですよ。肌ざわりもいいから上等な布団ができます。あら、もう少ししかないわ」ハルさんは巻かれていた布を広げました。
「これを五十センチください」黒猫は代金を払うと、大切に布を抱えて帰っていきました。すると先ほどの残り布がぼんやり光っています。ハルさんが布を手に取ると、ほんのりぬくもりが伝わってきました。
「そうだ。私もこれで座布団を作って、まだまだがんばるわ」ハルさんは布を抱きしめました。

 

童話作家緒島英二さんより

黒猫という、日常の中の非日常の存在に、童話の楽しさが伝わってきます。「ぬくもり」という心の交流が、優しく描かれています。

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