読者投稿オリジナル童話
きえた 郵便屋さん
千 恵子(柏市・主婦65歳)
突然バイクが止まって、乗っていた小峰さんは前につんのめりそうになりました。
(あーなんてこった)ガソリンタンクを開けると空っぽです。先輩からは早めにガソリンを入れるようにと、注意されていたのに忘れていました。小峰さんはこの四月に高校を卒業して、あこがれの郵便配達員になったばかりです。小峰さんはバイクを道路の端に寄せると、山道を歩き始めました。最後の配達はこの先の小さな集落です。山道はしだいに狭くなってくねくねと曲がってきました。
うぐいすが鳴いています。行きかう車も人も見当たりません。小峰さんは遠足気分で、一時間も歩いたでしょうか。やっと集落に到着すると、
「どうしたね、郵便屋さん」
おばあさんが、歩いている小峰さんに声をかけてきました。小峰さんが説明すると、
「疲れただろう。お茶飲んでいきな」
小峰さんはさそわれるまま縁側でお茶を飲んでおやつまでいただきました。
配り終えてもと来た道を戻っていると、杉の木の間から赤色灯がちらちら見えます。人の声までして何やら事件のようです。小峰さんはいそいで坂道をかけ下りると、バイクのそばにはパトカーや軽トラックが何台も並んでいて、七、八人が崖をのぞいて何やらさわいでいます。
「何かあったんですか?」小峰さんも崖をのぞき込むと、「あー、あんた郵便屋さんかー」みんなが振り向いておどろきました。
「どういうことなんだ」お巡りさんが小峰さんを問い詰めると、ぼそぼそと小峰さんが説明しました。「何事もなくてよかった」みんなが笑っている中から郵便局長が飛び出してきました。そして、「こら小峰。何やってんだ」小峰さんはげんこつを食らいました。
(勝手にさわいで……)小峰さんがむすっとしていると、「まあ、まあまあ」お巡りさんは局長の手を止めて、「兄ちゃん、がんばれや」と小峰さんの肩をたたきました。局長はあわてて小峰さんの頭を押さえつけ、
「申し訳ありませんでした」一緒に深々と頭を下げました。すべての車が去ってしまうと、ようやく局長は頭を上げて、大きなため息をつきました。
「警察からお前が消えたと連絡が入ってな、お前のケイタイもつながらないし、熊におそわれたか、崖に落ちたかと心配したんだ。春の熊は危ないからな」
「ご心配おかけしました」
今度こそ小峰さんは地面に届くほど頭を下げました。
童話作家緒島英二さんより
郵便屋さんの小峰さんを取り巻く人々の、それとない温かさが心地よく伝わってきます。人が成長していく一片が表われていました。