読者投稿オリジナル童話
小鬼の約束
川合 ゆう子(習志野市 無職 50歳)
その小鬼はビビりだった。鬼のくせにいつもびくびくしていた。だからほかの小鬼たちに「やいびびり」とののしられていた。
小鬼たちはふだん山の中で暮らしていた。でもこのあたりでは二階まで雪が積もる頃になると、人間の住む家の屋根裏部屋で、雪が溶けるまで人間にはわからないように暮らしていた。
しんしんと雪が降る中で、村はやがてお正月を迎えていた。黒豆、きんとん、伊達巻、かまぼこ、おもち、みかんなどごちそうが台所で出番を待っていた。
あの小鬼たちが寝床にしている家は農家だった。この家には正三郎という九つくらいの男の子がいた。この子もまた怖がりだった。正三郎はこの日、真夜中にかわやに行きたくなり、台所の勝手口の方へ歩いていた。そう、暗がりにビビりながら。その時である。何かパンと誰かとぶつかった感じがした。なんと目の前には、あのビビりの小鬼がいたのだった。じゃんけんで負けたあのビビりの小鬼は怖がりながら台所へ行って、ごちそうをかごいっぱい持って屋根裏に帰るところだった。その時、姿を隠すみのがさを落としてしまい、正三郎とばったり会ってしまったから、さあ大変。
正三郎は正三郎で、びっくりするやら腰を抜かすやら声も出ずにいた。やっとの思いで「きっ君は小鬼? ひょっとして?」そう言うのが精一杯だった。
「ぼ、ぼ、ぼっちゃん。ひぇー、殺さないでくれぇ。大将には言わないでくれぇ」(大将とは正三郎の父のことである)と泣きながら、正三郎にうったえた。
「わかったよ。君のこと誰にも言わないよ。その代わりおとなしくして、この家のこと守ってくれる?」
「ヘイ、ヘイ。きっとお守りしやす」
そう言うと、みのがさを被り消えてしまった。正三郎は小鬼を怖がりながらも何とかかわやで用を済ますと部屋にもどった。怖くてなかなか寝付けなかった。
そんなことがあって、春が来て、夏が来て、秋になった。その年はとても豊作だった。米がたくさんとれた。次の年も、また次の年も豊作だった。
正三郎の家は、ごう農になっていた。正三郎は、きっとあの小鬼が約束を守ってくれたんだ、と思った。それからは正三郎は怖がりではなくなった。
小鬼たちと言えば、あい変わらず雪深くなると正三郎の家の屋根裏部屋で冬を越していたとさ。
童話作家緒島英二さんより
ビビりの小鬼というキャラクターがとても楽しく思えます。正三郎との交流は、きっといつまでも続くことでしょう。