読者投稿オリジナル童話
ズンズン、ズンドコ
ペンネーム 千 恵子(柏市 主婦 65歳)
「まだー」後部座席で美羽は口をとがらせた。
「それにしても遠いわね」
助手席のママもあきれ顔だ。
「一本道をずっと行くんだって。とってもおしゃれでおいしいレストランだそうだ」
パパはもう何度も繰り返している。美羽たちは、パパが会社の人から聞いたというレストランに行くところだ。もう家から二時間も走っている。すでに田園風景から山道になってきた。
「もうお腹すいたよ」
美羽が文句を言うと、ママは後ろを向いた。
「もう五年生なんだからがまんしなさいよ」
「関係ないもん」
パパは美羽のふくれた顔をバックミラーで見ると、
「美羽の好きなチョコレートケーキがおいしいんだって」とご機嫌を取った。
「それにしても、この道でいいのかしら。パパは方向音痴だから、間違えたんじゃないの」
ママのとがった声に、
「ズンズン、ズンドコ、マッスグ、スグスグ」
パパはでたらめな歌を歌いだした。
「あら、道が分かれているわ」
車が止まった。右の道は少し狭い。左はカーブになっていて、先が見えない。「えーと、右だ」パパが指を指した。
「いいえ、左よ」ママは首を振った。
二人が車を降りたので、美羽も降りた。
「ちょっと見てくる」 パパが右の道に歩き出すと、ママは、「美羽は車に入っていなさい。カギもしてね」
と言い残して左の道に消えた。
「ちょっとー」仕方なく美羽は車に戻った。あたりはしいんとして物音ひとつしない。次第に美羽は心細くなってきた。(子どもをひとりにさせるなんてー)
しばらくするとパパが右の道からもどってきた。
「どうだった?」美羽はドアを開けた。
「だめだ。この先は行き止まりだ」とパパはため息をついた。「それじゃ、ママの行った方ね」
二人は車に乗ると、左の道をゆっくり走りだした。カーブを過ぎると、突然目の前に真っ白なお城が現れた。真ん中にある塔の屋根は青く輝いている。入口までは色とりどりの花々が咲いて、まるで童話に出てくるお城みたいだ。「ウソー」美羽がおどろいていると、車は駐車場に止まった。美羽は車を降りると、ママを探した。そのとき、「美羽ー」真ん中のバルコニーから、ママが手を振っている。
「ママ、ずるいー」
美羽はお城にかけ込んだ。
童話作家緒島英二さんより
巧みな文章構成で、楽しく作品世界に引き込まれていきます。人物の描き方も、鮮やかです。