読者投稿オリジナル童話
ゼムくんの冒険
末広 テル子(流山市 主婦 83歳)
クミ子さんの書斎の窓をあけると、古い木の台があって、台の上にはゴミ入れの木の桶があります。紙のごみに限ってクミ子さんはこの桶にポンポンと捨てています。
今日もクミ子さんは掃き出し窓を重そうに開けて、机の上の自分のゴミ箱のゴミをトントンと桶の中に落とし込んでいます。その時、小さなゼムクリップが桶の脇に落ちてゆきました。
おばあさんのクミ子さんには、そのクリップが見えたかどうかわかりません。小さいゼムくんは独りぼっちになってしまいました。そこで、光ることに集中しようと思いました。また、誰かの目にとまることを真剣に考えているのです。けれど、その努力も4日を過ぎようとしていました。
早くクミ子さんの机の上の鉛筆箱に戻らないと、大きなごみ袋にまとめられて、市のごみ焼却場に連れていかれてしまいます。
「クミ子さんの机の上の鉛筆箱に戻りたいよー」とゼムくんは叫びましたが、誰も耳をかたむけてくれそうにありません。
今日はポカポカ陽気のせいか、風に吹かれておおきな熊蜂がゼムくんめがけて飛んできてついと止まりました。「痛くないかな」ゼムくんはドキドキしました。
「僕は針を持ってないから、刺さないよ」と蜂はすましていいました。
「だけどね、僕の奥さんは針を持っているから、気を付けてね」と言って飛んで行きました。
今度はメスの熊蜂がやってきてゼムくんの上にどっしりと腰を下ろしましたので、ゼムくんは息が止まりそうになりましたが、じっとしているしかありません。メスの熊蜂はおしりをもぞもぞしていましたが、
「ここは卵を産む場所じゃないわ」と捨てぜりふをのこして飛んでいってくれました。
さて、書類をまとめようとして、クミ子さんは鉛筆箱の底をまさぐっていましたが、ゼムクリップが一つもありません。
「あれあれ」クミ子さんはそこでふっと思い出しました。いつもゴミを捨てる時に目に入っていたゼムクリップ、あの独りぼっちで光っていたゼムくんです。
「よいしょ」掃き出し窓を開けると、すぐに小さなゼムクリップが目に入りました。
やっとこさ、もとのクミ子さんの机の上に戻ることになって、ゼムくんは嬉しくてなりません。そのうえ、クミ子さんの書いた小説が小さい賞を貰うことにもなりました。ゼムくんは大出世です。ホチキスの針くんに仕事をまかせて、元の鉛筆箱にまた戻ってきました。
ゼムくんの思い出話は尽きることがありません。今日も鉛筆箱の中で語られているかもしれません。
童話作家緒島英二さんより
日常の中の細やかな物に目を配り、鮮やかな文章で、作品世界が広がっていきました。