(読者投稿オリジナル童話)風の通り道

千 恵子 柏市 主婦・71歳

私は12階建て団地の最上階に住んでいる。ここは風の通り道だ。大黒川から河岸段丘が続いて、その頂に団地がある。冬は冷たい風が、夏は涼しい風が通り抜けていく。私がパソコンの前で仕事をしていると、辺りが急に暗くなった。外を見ると、青空から一転して黒雲が広がってきた。風も吹き荒れてきたのであわててベランダの洗濯物を取り込むと、下界を見渡した。葉っぱやビニール袋、洗濯物までも飛んでいる。雨も降ってきた。私はこんな風景が好きだ。

 嵐よ。吹き荒れろと念じていると、突然黒いかたまりが私めがけて飛んできた。思わず受け止めたはずみでしりもちをついた。それはぬるりとした大きな黒い鯉だった。思わず放り投げると、「おい、乱暴はよせ」ぱくぱくと鯉の口が動いた。鯉の頭とひげは白い。

(料理したら何人前になるかな)思わずよだれが出そうになった。すると、生臭い水が顔にとんできた。鯉は急にしおらしい顔で、「助けてくれ。おれは大黒川で百年生きてきた。これから天に昇って、竜王様のお使いになるところだが、残念ながらここで力尽きてしまった。

何か力になるものを食わせろ」と私を見上げた。

「竜王様のお使いって、偉いの?」

「そりゃそうだ。鯉の中でも大出世よ。百年生きるってめったにないことだ。水が枯れたり、鳥にねらわれたりとカンナンシンクをくぐり抜けて、この世で一番偉い竜王様と一緒に空を飛べるんだ」

 鯉はひげを震わせて説明した。

「へー、いいなぁ。わたしもいっしょに連れてって」

「だめだ、お前は重すぎる」

「はいはい、ところで何を食べるの」

 私はお昼ご飯に食べてしまったチャーハンを思い出した。冷蔵庫の中は空っぽでおやつのプリンが入っているだけだ。

「早くしろ。風がやんでしまう」

 あわててプリンを出して、鯉の口に流し込んだ。

「うまいなぁ、これっぽっちじゃだめだ。もっと」

 それからおせんべいにクラッカー、とっておきのクッキーも、私は手当たり次第に鯉の口にいれた。

「まだまだ。他に何かないか」

 鯉はぶるぶると体を震わせた。

(まったく何様だと思っているのよ)

 私はチーズと飲みかけのワインをドボドボと口に流した。すると鯉の目が赤くなって、さらに体も赤くなった。

そのとき強い風が吹きあがってきた。鯉ははね上がると風に乗って、黒雲の中をあっという間に天に昇って行った。雨が上がって、青空が戻ってきた。

童話作家 緒島英二より
嵐が、鯉との不思議な出会いを連れてきてくれました。鯉を持てなす心には、きっと楽しい思い出が、たくさん詰まっていることでしょう。次に吹く風は、何を運んできてくれるのでしょうか。

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