いま、千葉の相撲部屋が土俵を支えている。その起点は先代佐渡ケ嶽親方(横綱琴櫻)の最初の弟子で、いまNHKの解説者を務める元大関琴風(先代尾車親方)だろう。
琴風は2度、地獄を見た。最初は現役時、関脇までスピード出世したが、膝の大けがで幕下に転落。趣味の切手を売って治療費に充て、大関をつかんだ。
2度目の地獄は2012年4月。巡業部長として興行を取り仕切っていた福井・小浜で体育館に敷いたシートに足を取られ、転倒。頸髄を損傷し、首から下がマヒする重体に。手足がピクリとも動かない。「自殺したくても自殺すらできない体だった」と語ったことがある。用便がつらかったという。「何の感覚もないのに下が汚れる。それをきれいにしてもらうのがつらかった」。食欲が消え、25キロやせた。
一生寝たきりと思われていたが、壮絶なリハビリを経て、復活した。でも、床に寝た状態から立ち上がれるまで3年かかった。妻史枝さんが撮ったその動画を見せてもらったことがある。必死で起き上がる尾車さんの姿に、史枝さんの号泣する声が重なっていた。
マヒはいまも続いている。腹に力が入らず、定期的に下剤を飲んで用を足している。でも、弱さは見せない。歯を食いしばり、「琴風浩一」を演じている。
そんな姿を知ると、名大関の解説が少し違って見えてくるかもしれない。
朝日新聞柏支局長 抜井規泰
[訂正・お詫び]
8月20日発行9月号の本紙キーボード内、先代佐渡ケ嶽親方(横綱琴風)とあるのは先代佐渡ケ嶽親方(横綱琴櫻)の誤りでした。訂正してお詫び申し上げます。

