
けがに苦しみながらも、最後まで攻め続けた。ミラノ・コルティナ冬季パラリンピックの男子スノーボード。野田市在住の小須田潤太選手(35)=オープンハウス=は、スノーボードクロス4位、バンクドスラローム5位の成績を残した。4月14日には市役所を訪れ、鈴木有市長に「悔しい。ただそれは、本気でやったからこその悔しさ。次のパラの舞台でまた戦う」と誓った。
交通事故で右足を失った小須田選手は、2018年からスノボ競技を始めた。25年の世界選手権では、スピードを競うバンクドスラロ―ムで優勝、複数の選手が一斉に滑り順位を競うスノーボードクロスで5位。ミラノで金を目指した。しかし1月のW杯の練習で右ひじを骨折する全治3カ月の大けが。腕を引ききる動作ができないまま、ミラノの舞台に立った。
大会3日目のスノーボードクロス決勝。スタートゲートから腕を使って勢いよく飛び出すことができず、出遅れた。ただ、これは想定内。途中でどう抜き返すかを考えていた。途中のカーブで攻めに出た。しかし転倒。3位でフィニッシュしたものの、走路妨害と判定され4位に。「あそこで後ろにつけていたら、2位か3位に入れたかもしれない。1位になるには、行くしかなかった」
大会8日目のバンクドスラローム。前日の練習で、再び右ひじを痛めた。ひじは腫れあがり、ギブスをしてレースに挑んだ。「厳しい展開だった。でも、あの状態でも攻め切ることができた」。タイムは1分0秒48。5位だった。
試合後、コーチやスタッフが泣きながら声を掛けてきた。「勝たせてあげられず、ごめんね」。あらためて思った。「自分一人だけの挑戦ではない」。「自分が悔しければ、周りの人たちにも悔しい思いをさせる。より一層、勝ちたい、という気持ちが強くなった」と振り返った。
けがを完治させ、再び、パラリンピックの舞台を目指す。前回2022年の北京、そして走り幅跳びで出場した2021年の東京は、ともに無観客。今回は「予選の時から歓声があがり、日本語の応援も聞こえた。楽しかった」。その楽しい舞台に向け「フィジカルの強化を図る。あと10㌔以上は体重を増やしたい。技術面もまだまだ向上する余地がある」。
このミラノでの戦いぶりを聞き鈴木市長は「けがをしたなか、大会に出るまで見えないところで頑張り、我々にも感動を与えてくれた。感謝しかない」と、労いの言葉を贈っていた

