今季から千葉ロッテマリーンズを率いるサブロー監督。いま、勝率5割の攻防を続けている。
ひとつの光景がよみがえる。2002年7月14日、四国・松山空港。その年、僕はプロ野球担当のロッテ番だった。サブローはオールスター戦に監督推薦で初出場した。「打撃を見せたい」「足を見せたい」と僕に夢を語ってくれた。しかし――。
東京ドームでの第1戦では、8回裏に安打を放った3番タフィ・ローズの代走として出場。ローズはこの年、王貞治以来の年55本塁打を放つ強打者だ。続く4番は中村紀洋。ローズ以上の長距離打者で、満員のスタジアムは中村の一発への期待で興奮に包まれた。代走のサブローが盗塁などできる場面ではない。
翌日の松山での第2戦。8回表にローズがセンターフライに倒れると、サブローは守備固めでレフトに入った。1打席も立てず、オールスターが終わった。
その夜。松山はどこもホテルが満室で、部屋が取れなかった僕は夜のまちで飲み明かし、朝一番の飛行機に乗った。
夜明けの松山空港。便を変更したのだろう。ANAの搭乗口にサブローがいた。松山空港で、機内で、そして羽田に着いてもうつむき続けていた彼に、声をかけられなかった。
続きは、次号……
朝日新聞柏支局長 抜井規泰

