(オリジナル童話)アメダ先生はおっほん

千 恵子  柏市 主婦・70歳

「アメダ先生、カギ閉めてくださいね」
事務の晴子さんが帰っていきました。アメダ先生はアメダ歯科の歯医者さんです。アメダ先生が玄関まで行くと、男の人が立っていました。
「おっと、今日の診察は終わりましたよ」とアメダ先生はそっけなく言いました。
「歯が痛くて、痛くて」男の人はほっぺたを抑えています。
「そんなのは梅干しをはりつけて、明日おいでなさい」
むちゃな言い方にも男の人は、「昼間は来られないんです。夜しかダメなんです」と頭を下げます。
アメダ先生はわからずやではありません。
「それじゃ、中に入って、そのいすに座って」
アメダ先生はカルテを用意すると、「お名前は」
「はい、えー佐々木 ―一郎です」
「佐々木さん、生年月日は?」
「えー、センキュウヒャク、いや昭和えーと」
「まあ、後でいいでしょう。それでは住所は?」
「はい、あけぼの公園、柳の下」
(え?)アメダ先生は男の人をまじまじと見ると、足が消えています。(まさか、そんな)
アメダ先生の背中がぞくっとしましたが、
「おっほん。いすを倒しますよ。それでは口を開けてください」男の人は素直に口を開けました。「ああ、親知らずが横に生えていて、虫歯になっていますよ」アメダ先生はおごそかに言いました。
「これは抜くしかありませんな」
「えー、抜くんですか? 痛いでしょう?」
男の人はアメダ先生の白衣をつかみました。
「大丈夫ですよ。痛み止めの注射をしますから」
「ひゃー、注射はごめんです」
男の人はいすから立ち上がろうとしました。
「おっと、虫歯はほうっておいても治りませんよ」
アメダ先生の怖い顔に、男の人は目をぎゅっと閉じて、口をむすびました。アメダ先生はこんどはやさしく、「佐々木さん、佐々木さん。まかせてくださいよ」と肩をたたきました。あきらめた男の人は口を開けたので、さっと注射をしました。「はい、そのまま」すかさずペンチのような道具で、ぐいっと親知らずを抜きました。
「ほら、これがそうですよ」親知らずを見せると、「ああ、よかった。これで安心してあの世に行けます。ありがとうございました」男の人の体がすっと消えていきました。
アメダ先生は道具を持ったまま、いすを見つめていました。アメダ歯科はときおり人以外の患者さんが来ます。

童話作家 緒島英二さんより
 アメダ先生と不思議な患者さんとのやりとりが、ユーモラスに伝わってきます。アメダ歯科は、誰にでも優しく扉を開いてくれるのでしょう。医師と患者さんが、心を寄せ合う姿が心地よいですね。

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