「では、鑑定した教授に価値を聞いてください」。我孫子市が5月27日、市内の個人宅から志賀直哉の小説「暗夜行路」の新たな草稿(下書き)が発見されたと発表した。果たしてニュースなのか。判断しかねていた私にデスクが指示を出した。あっ、その通りだ。
京都の大学に電話した。本物と鑑定した教授によると、草稿は暗夜行路後編のもの。前編の分は多く残るが、後編はほぼなく、執筆の経緯が分かり極めて貴重とした。「しかも、古書店ではなく、我孫子の個人宅から見つかるだなんて」。
これはニュースだ。社会面の記事にした。
志賀は、かつて我孫子に住んだ「小説の神様」。小説の発表開始は100年以上も前なのに、専門家も驚くような草稿がまだ発見されるとは! 日暮れにかけ急いで記事を仕上げた。
我孫子は、明治から戦前にかけ別荘地として志賀ら作家が集い、戦後には東京のベッドタウンとして東葛地域でも早くに宅地開発された。今、「物語の生まれるまち」をキャッチフレーズにする。開発の波の下に、脈々と受け継がれ眠っていた文学的財産があったのだ。
解説付きの草稿が秋、市白樺文学館で公開される。私は物語が生まれた時代に触れにゆきたい。
朝日新聞柏支局長 斎藤茂洋