かとう ようこ 柏市
主婦・61歳

ここのところママは何度も同じ話をしている。まとめると、ママがおしごとをはじめるから、ぼくは四月になったら「ホイクエン」というところに行くらしい。そして夕方にはおむかえに来てくれるそうだ。さいごにはいつも「ママもがんばるから、ぼくもがんばって」って。ぼくは「うん」ってへんじをするけど、ほんとはよくわからない。
ある朝、ママはよそいきの服を着て、ぼくを車に乗せると、大きなお庭のあるところに連れて行った。くつをぬぐと、ぼくの手をはなして、うさぎのエプロンの知らない人に「よろしくおねがいします」と頭をさげた。「ママは行ってきますね」「ママ、どこ行くの?ぼくも行く」「おはなししたでしょ。ママはおしごと」「いやだ、いっしょに行きたい」「こまったわね。おむかえまで、いい子でここで待っていてね」「ママ、いやだ。ママ、ママーー」ぼくは手足をバタバタさせて、大きな声で泣いたけど、ママは行ってしまった。どうしよう。
「はい、これ」
ふり返ると、目の前で、男の子が赤い電車をさし出している。そしてぼくのまわりには、大きな丸い線がひいてあった。男の子はポケットからもう一つの青い電車を取り出すと、線の上で電車を走らせて遊びはじめた。「次のえき、止まります」「カンカンカン、線路、つうかします」「次は終点です」くるりとぼくのまわりを一周すると、ぼくの顔をじっと見てきた。
「ぼくも、やる」ぼくたちは「出発しんこう」「右のドアがひらきます」「少しゆれます」などと言いながら二人ならんで電車を走らせた。
この時から、ぼくはこの男の子が大好きになった。ぼくは年少さんで、男の子は年長さん。だからぼくは「お兄ちゃん」とよぶことにした。お兄ちゃんのまねをするうち、ぼくはつみ木ができるようになり、秋には三輪車にものれた。寒い冬だってもうへっちゃらだ。
今日は「そつえんしき」という日らしい。お兄ちゃんとお兄ちゃんママはおめかしして「ホイクエン」にやって来た。二人は「今日でさいごだね」といいながら門の前で写真をとっている。「さいご? お兄ちゃんはもうここに来ないの……」ぼくはびっくりした。
「オーイ」
お兄ちゃんはぼくを見つけると、にぎりしめたぼくの手に赤い電車をわたした。枝で大きな丸を書くと、青い電車を走らせはじめた。お兄ちゃんの電車は地面の桜の花びらの上をどんどん進んでいく。「ここつうかします」ぼくも、いっしょうけんめいお兄ちゃんの背中を、青い電車をおいかけた。どこまでも。
ぼくももうすぐ年中さんだ。
童話作家 緒島英二さんより
桜の花びらの下、小さな出会いを大きな成長へと繋げていくたくましさが、心地よく伝わってきます。自分たちだけの世界で手に入れた宝物を、二人はずっと心の中に育てていくことでしょう。



