
関口 麻里子 柏市
主婦・58歳
会社員のすみれさんは、今日はお休みです。(以前は、一人でもお出かけしたのに)
すみれさんは、午前中の家事を終わらせると、リビングに飾ってある、いくつもの写真立てに入った写真を見つめていました。そこには、若いすみれさんと夫の和樹さんとの写真や、亡くなった両親と独立した子どもも写っていました。「また、写真を見ているんだね。二人になって自由なんだよ。また、どこかへ行こうよ」和樹さんも会社が休みでした。「うん、いいわね。とりあえず、スーパーへ買い物に行ってくるね」
すみれさんは、自転車に乗って家を出ました。細い道をゆっくりと自転車に乗って行くと、公園から、太めの茶色い猫がのんびりと出てきました。
(のんちゃん、久しぶり、どうしたの)
のんちゃんは、すみれさんが猫につけた名前です。のんびりしているからです。
「すみれさん、こんにちは。近所ですけど、あちこち行く所がありましてね」
「昔はよく、家の庭に来てたけど、また来てね。さびしいから」
「わかりました。たまには行きますよ」
すみれさんは、自転車を止めて、のんちゃんと話しました。そしてのんちゃんと別れると、スーパーへ行きました。スーパーでは、買う物は決めていました。そうしないと、いつまでも、お店の中で、迷ったままだからです。
すみれさんは買い物をして家に帰ると、休んでから、夕食の準備をします。二人分の簡単な料理です。食事の用意ができると、夕方になっていました。和樹さんと二人で、夕食にしました。夕食を終えて、片付けをしたら夜になっていました。すみれさんは、ふと、キッチンの奥にある小さな出窓から、少しカーテンを上げて外を見ました。少し前までは、料理に忙しくて、そんな気持ちにはなれませんでした。
真っ暗な夜空には、たくさんの星がまたたいています。月もオリオン座もよく見えていました。 そして、地上に目を戻すと、遠くに小さな風車が見えました。
すみれさんは、子どもが小さい頃、家族みんなと、風車の丘公園でたくさんたくさん遊んだのを思い出しました。
(私、風車の丘公園へ行きたい。遠くでなくても、素敵な所を知ってたんだ……。そうだった、写真立ての一つに、家族みんなで写った、風車の丘公園のがあったわ)
すみれさんは、しばらく、外の風景を見つめると、カーテンをそっとおろして、和樹さんへ言いに行きました。
童話作家 緒島英二さんより
忙しさの中、ふと、忘れてしまいそうになった心のひとコマを、小さな窓を通して、すみれさんは、再び胸の中に輝かせたのですね。のんちゃんや和樹さんの微笑む姿が、目に浮かんできます。



